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秋田地方裁判所 昭和59年(ワ)469号 判決

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、各自金一〇三三万七二五〇円及び内金一〇二一万九〇〇〇円に対する昭和六〇年一月一〇日から、内金一一万八二五〇円に対する昭和六三年九月二三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1(一)  被告日光商品株式会社(以下、被告会社という)は、東京穀物商品取引所に所属する商品取引員であり、商品取引の受託業務を業とする会社である。

(二)  後記2の記載の取引(本件取引)当時、被告青木秀一(以下、被告青木という)は被告会社の秋田支店の支店長、被告保科雅義(以下、被告保科という)、被告川崎政美(以下、被告川崎という)は同支店の営業担当の社員で、いずれも商品外務員の資格を有し、被告会社の行う商品取引の受託業務に従事していた。

2(一)  原告は被告保科の勧誘を受けて、被告会社との間で輸入大豆の先物取引の受託契約を締結し、被告保科、同川崎、同青木らに勧誘されて被告会社に対し別紙(一)売買一覧表記載の輸入大豆の先物取引を委託し(以下、本件取引という)、同取引を行った。

(二)  そして、原告は被告会社に対し次のとおり金八八九万七五〇〇円を本件取引の委託証拠金として預託した。

(1) 昭和五八年 八月一六日 金一四万円

(2) 同年 八月一九日 金二一万円

(3) 同年 八月二四日 金三五万円

(4) 同年 八月二五日

右期日でないとすると同月二六日 金三五万円

(5) 同年 九月 二日

右期日でないとすると同月三日 金七〇万円

(6) 同年 九月上旬 金二三万円

(7) 同年 九月一二日 金一六一万円

(8) 同年一〇月 六日 金一〇万七五〇〇円

(9) 同年一一月一七日 金三六七万五〇〇〇円

(10) 同年一一月下旬

右期日でないとすると同年一二月八日金八五万円

(11) 同五九年 一月 九日

右期日でないとすると同月一〇日金六七万五〇〇〇円

3  本件取引の経過は次のとおりである。

(一)(1) 原告は高校の教師で、先物取引等投機性の取引の経験はなかった者であるところ、被告保科は昭和五八年七月二三日被告会社の電話による無差別勧誘に基づき原告宅を訪問し、原告(月収一三ないし一四万円、貯蓄金一〇〇万円程度の財産しか有さない高校教師)に対し、東京穀物商品取引所に上場される輸入大豆の先物取引を勧誘した。

右勧誘は、先物取引のルールや仕組みについての具体的な説明及び先物取引の危険性の説明は一切せず、単に「先物取引は一番効率のよい金儲けの手段であり、今年は久しぶりに大相場で六〇〇〇円台まで上がることは確実です。今買っておくと絶対儲かります。私と個人的に契約してくれれば元金とその何割かは保証して儲けさせます。」等と述べて、昭和五八年が過去の大相場の年といかに似た条件にあるかを力説し、間違いなく儲かるとの説明に終始し、先物取引が安全確実で有利な利殖の手段であるかのように執拗に述べたものであった。

(2) 被告保科はさらに同年八月一六日原告に電話をし、輸入大豆の相場等を話して本件取引は間違いなく儲かるとの説明を続け、執拗に本件取引を勧誘した。

その結果、原告は右説明を信じ、同日被告保科を介して、被告会社との間で本件取引の契約を締結し、被告会社に2の(二)の(1)の金員を預託し、本件取引を行うこととなった。

(3) 原告は同年八月一八日被告保科から「今値段が下がっており絶好の買い時である」と買いの勧誘を受け、これを断ったところ、今度は追証がかかるかもしれないと説明されたので、やむなく損害を避ける趣旨で2の(二)の(2)の金員を預託し、三枚の買注文をし、今後追証になりそうになったら決済するよう指示した。

(4) ところが、被告保科は同年八月二〇日「相場が急落しストップ安をつけており、元金が危ない。これを乗り切るためには両建てをするか追証金を出して欲しい。」と述べたので、原告は決済するよう指示した。

(二)(1) 被告川崎は、昭和五八年八月二三日被告保科に代わって原告方を訪れ、原告に対し、「保科は今までは予想が良くあたっていたが、最近当たりが悪くなり落ち目だ。担当者が悪かった。ケイ線を見れば一定の法則が分かる。私もおおっぴらにはできないが、これをやっているのでサラリーの他に大分稼いでいる。私が全面的に責任をもってやるから任せて欲しい。少しづつでも儲かるように指導します」等と述べて、儲かることを強調して執拗に本件取引の継続を勧誘し、既に保科の勧誘により大きな損害を被っていた原告をしてその旨信じさせて、原告から2の(二)の(3)の金員を預託させたうえ五枚の買注文をさせた。さらに、儲かるからと勧誘して同月二五日にも2の(二)の(4)の金員を預託させたうえ五枚の買注文をさせた。

(2) 被告川崎は同年九月二日相場が大きく下がり始めたと連絡してきたので、原告は決済を指示したところ、両建てを勧誘した。また、新規委託者保護管理協定によれば、新規委託者に対しては三ヵ月間は一時点で二〇枚以上の取引を行ってはいけないことになっているのに、九月五日には合計二三枚の取引をさせられ、その後はますます取引を増加させられた。

(三)(1) 被告青木は昭和五八年九月一二日原告に対し、「米国国務省の穀物予想が思ったより生産量が少ないので急いで買いを入れなければならない。決済して止めるなんてのんきなことは言っておれない。ストップ高になれば売りたくとも売れない。過去に二〇日間連続してストップ高の例もある。そうすれば、何千万円もの損をする。あなたにそんな金がありますか。いますぐ買いなさい。」等と述べて、執拗に勧誘し、その旨信じた原告をして2の(二)の(7)の金員を預託させた。

(2) 被告青木は同年九月二七日原告が全決済を指示すると、「これからは予想がたてやすい。理解しやすい相場が展開する。今後わたしが一切責任をもって見てやる。」等と述べ、決済を拒否した。

(3) 被告青木は同年一一月一七日原告に対し、「朝からストップ安だ。今買いを仕切ってしまうと損害が大きすぎるから新しく売りを建てたほうが良い。当面は三〇枚で間に合うが、もっと下がる可能性があるので、五〇枚持ってほしい。そうすれば、五七〇〇円に下がっても追証はかからない。今辛抱をすれば、すぐ挽回できる。迷惑は絶対かけない。大丈夫ですってば。」等と述べて、執拗に勧誘し、その旨信じた原告をして2の(二)の(8)の金員を預託させ、ついで同様に勧誘し、2の(二)の(9)ないし(10)の金員を預託させた。また、2の(二)の(9)預託は、同月二一日原告が決済の指示をしたのに対し、昭和五八年一二月二五日に決済して委託金の返還する約定のもとに行われた。

(4) 被告青木は原告の希望を殆ど通さず、絶対損はかけないと強調し、原告の同年一二月六日、同月中旬、同月二四日ころの各の決済指示を拒否し、なかば一方的に取引を継続させた。

4  先物取引の危険性

商品先物取引は、将来の値動きを予測して、僅かな証拠金で大量の商品を帳簿上売買したうえその限月内に反対売買を行って決済し、その間の値動きによる差金決済によって損益を出す投機行為である。

したがって、商品先物取引の中心は、将来の商品の価格変動をいかに予測するかにある。ところが、将来の価格変動はその要素が多様かつ複雑であるうえ、その情報源も限定されるのであって、その限られた情報の中から価格変動要因を的確に把握し、これを分析することは極めて困難である。そのため、商品先物取引は、高度の専門的知識とその知識を活用する経験を持つ者が、多様な情報を常時入手したうえ、刻々と変化する価格変動を逐次冷静、合理的に判断し得て初めて行い得る取引であり、商品先物取引の知識と経験のない者が、本業の片手間にでき得るような取引ではない。

しかも、商品先物取引は、預託した証拠金が保障されないばかりでなく、損金が拡大したならば追加証拠金を預託する必要が出る等現実に支出した金銭以上の負担を強いられることがあり、僅かな資金で大きな取引ができる反面、損失を被った場合はその額が証拠金員額を超えて予想外に大きくなることもしばしばあるうえ、取引員を通じて取引に参加する一般の委託者の損益は、高額の手数料の支払、資金及び情報の不十分さ等から損失に至る確率が約七〇パーセントにも及ぶと言われており、利益を期待する反面、莫大な損失を被る危険性が大きい極めて危険性の高い投機行為であるということができる。

また、取引の仕組みも極めて専門的かつ複雑であって、商品先物取引の知識経験がない者が、商品取引員から渡されるしおり、手引きの類を読んだくらいでは容易にその仕組みを理解しうるものではない。

5  被告保科、同青木、同川崎の責任

(一) 右商品先物取引の専門性及び高度の危険性を前提とすれば、商品取引の受託業務を行う者及び外務員は、商品先物取引の知識経験がない一般人に対し商品先物取引を勧誘する場合は、通常の委任以上の高度の注意義務、即ち、商品取引所法、同施行規則、商品取引所の定款、受託契約準則、指示事項、協定事項、新規委託者保護管理規則等に定められた委託者保護規定等(別紙(四)違法行為一覧表記載のとおり)を遵守する義務があるのはもとより、不適格者排除義務(先物取引の仕組、危険性を十分理解判断できる知識、能力がないもの、損失によって生活基盤をおびやかされないだけの資力を有しない者は不適格者として勧誘してはならない。)、先物取引の危険性、仕組等を十分説明し、理解させる義務を負担し、右義務に違反した場合は、右勧誘は違法とされるべきである。

(二) 被告保科、同川崎、同青木らは、次に述べるとおり、右義務に違反し、さらに、右義務違反に止まらず、各人が互いに意思を通じて連携のうえ次々に原告の担当者となって、商品先物取引に未経験かつ無知な原告に対し、あたかも、本件取引が安全有利な利殖であるかのように虚偽の事実を述べ、その旨誤信した原告をして、委託本証拠金ないし委託追証拠金名下に金員を詐取したものであり、右被告らの行為は民法七〇九条の不法行為に該当する。

したがって、右被告らは原告に対し、原告の被った損害を賠償する責任がある。

(1) 勧誘段階の違法(不当勧誘)

本件取引の勧誘は、被告会社の無差別電話勧誘(別紙違法行為一覧表記載の(四)の3)により、資産を有さないため不適格者である原告に対し(同1)、利益が生ずることが確実であると断定的判断を提供し(同5)、投機性等の説明をせず(同4)、利益保証による勧誘(同6)を行い、もって不適格者排除義務及び先物取引の危険性の具体的説明義務を尽くさずなされたものである。

(2) 取引の違法(顧客操縦)

〈1〉 右被告らは、新規委託者保護管理協定(同17)に違反して三ヵ月の保護育成期間内に七〇枚もの建玉を原告に勧誘してこれを行わせた。

〈2〉 右被告らは、別紙(一)売買一覧表記載番号3及び4に対し5、5及び6に対し7、13及び14に対し15及び16のとおり両建玉(同14)を原告に勧誘してこれを行わせた。

〈3〉 被告川崎、被告青木は原告からの自発的意思に基づく明確な指示を受けることなく一任売買(同7)、無断売買(同8)を行い、利益金及び不要となった委託証拠金を原告に支払わず、これらをすべて証拠金に組み入れさせて執拗に過当な売買取引(同2・12)に誘導し、原告からの度々の決済指示に対し新たな建玉を強要し、もって、不当な増建玉(同13)するよう仕向けた。

〈4〉 右被告らは、原告に対し約五カ月間にその建玉から仕切りまでは五日ないし八日と短期間に反復し一八回もの取引を勧誘して行わせ、また、別紙(一)売買一覧表記載番号5、6、9、10を昭和五八年一〇月五日仕切り、利益金を証拠金に振り替えたうえ、同日仕切り価格より金三〇円高い11の建玉を建て、12の買玉を昭和五八年一一月一〇日仕切ったうえ、同日14の七〇円高い同一限月の買玉を建て、同日一七日には前場で売玉を三〇枚、後場で同一限月の売玉を二〇枚建てる等趣旨不明の取引を勧誘してこれを行わせ、もって、被告会社の手数料稼ぎを目的とした無意味な反復売買(同11)を行わせた。

〈5〉 被告川崎は昭和五八年九月上旬ころ原告に対し、証拠金が一枚につき金一万円上がった旨述べて、被告会社に対し2の(二)の(6)の委託臨時増証拠金を預託させたが、これが不要となっても返還せず、委託臨時増証拠金の返還義務(同9)に違反した。

〈6〉 同15は、当該委託者に取引上著しい不便を及ぼすことを防止するとともに、担当者の責任回避を防止し、誤った情報提供を防止することにあるところ、本件取引では被告保科、被告川崎、被告青木に担当者が替わり、前担当者の責任を回避して一貫性のない誤った情報提供を行った。

〈7〉 被告川崎、被告青木は原告からの仕切りの指示を回避、拒否した。

(3) また、本件取引は当初は二枚の取引で始まっているが、約一ヵ月半の短期間の間に六〇枚もの大量の枚数の取引に増大させられた扇型売買であり、原告の建玉は証拠金一杯にたてられた満玉であって、いずれも違法とされる取引方法であり、また、原告は本件取引の間利益金を一度も支払われていないのであって、これからしても、原告は被告らの言われるままに本件取引を行ったもので、被告らは、原告の損失により自己の利益を計るため、原告を被告らの意のままに操っていたものである。

6  被告保科、被告川崎、被告青木らの右不法行為は、被告会社の業務の執行につきなされたものであるから、被告会社は民法七一五条により、原告の被った損害を賠償する責任がある。

7  債務不履行

先物取引業者は、商品取引委託契約に基づき、顧客との間で、先物取引不適格者への勧誘は差し控えること、先物取引の危険性等を十分説明し理解させること、取引において生じた利益を顧客に渡すこと、顧客の指示に従って売買をすること、建玉に損失が生じても両建を勧めてはいけないこと、追証が不要となったら返還しなければならないこと、顧客の判断に誤った影響を及ぼす情報を提供してはいけないこと、仕切りを拒否してはいけないこと等の債務を負うところ、被告会社は原告との間の本件委託契約につき、右各債務に反し、前記のとおり、先物取引不適格者である原告を勧誘し、先物取引の危険性等を十分説明せず、原告が利益を得てもこれを支払わず、両建てを勧め、追証が不要となってもこれを返還せず、無責任な情報を提供して原告の判断を誤らせ、原告の仕切要求を拒否し、精算金を支払わず、帳尻益金を原告の承諾なく証拠金に振替えた。

したがって、被告会社は原告に対し、債務不履行により原告に生じた損害を賠償する責任がある。

8  損害

(一) 預託した金員 金八八九万七五〇〇円

(二) 慰謝料 金五〇万円

(三) 弁護士費用 金九三万九七五〇円

合計金一〇三三万七二五〇円

9  よって、原告は被告らに対し、民法七〇九条、七一五条、四一五条に基づき、各自金一〇三三万七二五〇円及び内金一〇二一万九〇〇〇円に対する訴状送達の日の翌日である昭和六〇年一月一〇日から、内金一一万八二五〇円に対する昭和六三年九月二三日から完済まで民法所定年五分の割合による金員を求める。

二  請求原因に対する認否

1(一)  請求原因1の(一)事実は認める。

(二)  同(二)の事実は認める。

2(一)  同2の(一)の事実は認める。

(二)  同(二)の事実のうち、(1)、(2)、(4)、(5)、(7)、(8)、(10)、(11)の事実及び昭和五八年一一月後半ころ原告が被告会社に対し金三六七万五〇〇〇円を本件取引の委託証拠金として預託したことは認め、(3)、(6)の事実は否認する。

原告が被告会社に預託した証拠金は別紙(三)委託証拠金受払一覧表記載のとおり、金八三一万七五〇〇円である。

3(一)(1) 同3の(一)の(1)の事実のうち、原告が高校教師であったこと、被告保科が昭和五八年七月二三日原告宅を訪問し、原告に対し、東京穀物商品取引所に上場される輸入大豆の先物取引を勧誘したことは認め、その余の事実は否認する。

被告保科は右訪問の際原告に対し、右取引について、取引の仕組み、売買委託の方法、委託保証金の性格、委託手数料、相場状況等について詳細に説明した。これに対し、原告は即断しかねるので、改めて連絡をとるようにと述べたものである。

(2) 同(2)の事実のうち、被告保科が同年八月一六日原告に電話して右取引について話をしたこと、原告が被告保科の勧誘により同年八月一六日2の(二)の(1)の金員を預託して本件取引を行うことになったことは認め、その余の事実は否認する。

原告は右被告保科の電話により右取引を始める意思を有するに至り、同日原告方を訪問した被告保科から、再度右取引の仕組み、右取引が相場の変動を予測して売買取引を行う投機行為であることの説明を受けたうえ、本件取引を行うことを承諾し、受託契約準則、商品取引委託のしおりの説明交付を受け、金一四万円を受託して別紙二の1の買い注文をしたものである。また、被告会社も新規顧客である原告に対し、「お願い」と題する文書を郵送して、本件取引を行うについての重要な事項につき注意を喚起している。

(3) 同(3)の事実は否認する。

(4) 同(4)の事実は否認する。

(二)(1) 同(二)の(1)の事実のうち、被告川崎が昭和五八年八月二三日原告方を訪れ本件取引の説明をしたことは認め、被告川崎の述べた内容は否認する。

(2) 同(2)の事実は否認する。

(三)(1) 同(三)の(1)の事実のうち、被告青木が昭和五八年九月一二日原告に対し相場状況を説明したことは認め、その余の事実は否認する。

(2) 同(2)の事実は否認する。

(3) 同(3)の事実は否認する。

(4) 同(4)の事実は否認する。

4  同4の事実のうち、商品先物取引は、将来の値動きを予測して、僅かな証拠金で大量の商品を帳簿上売買したうえその限月内に反対売買を行って決済し、その間の値動きによる差金決済によって損益を出す投機取引であり、投機性が高いため危険性の高い取引であることは認める。

5  同5の事実及び主張は争う。

顧客の財産は顧客自身で管理すべきものであり、商品外務員が先物取引の勧誘に当たって、顧客の財産を調査するまでの義務はないものである。

両建は、普通に行われている相場仕法であり、法律上も禁止されている仕法ではない。取引所指示事項で制限されている両建は、取引の最初から最後までどの時点をとっても両建となっているような形態の両建であり、その理由は損益計算関係が錯綜することにある。したがって、損益計算関係が把握できるものであれば右制限を受けるものではなく、本件取引における両建は右制限に該当するものではない。

原告の取引は取引枚数が次第に増加しているが、これはしかるべき手続を経てなされていることで、新規委託者保護管理協定にも違反しておらず、また、取引が慣れれば取引枚数が増加していくのも通常のことであり、特に、相場が当たっていけば利乗せ、買乗せ、売乗せ等で枚数を増やすのは一般的な相場仕法である。

顧客が、損益の計算を把握したうえ、相場情報、予測につき商品外務員の相場観、取引の助言、提案等を採用して先物取引を行うことは、顧客の選択する売買仕法の一つであり、顧客の意思に基づく取引である。したがって、商品外務員の相場観がはずれて損害を被ったとしても、その責任は顧客自身にあるものであり、商品外務員にその損害を請求することはできない。

6  同6の主張は争う。

7  同7の主張は争う。

8  同8の事実は否認する。

第三  証拠〈省略〉

理由

一  請求原因1の(一)、(二)、同2の(一)、同二の(1)、(2)、(4)、(5)、(7)、(8)、(10)、(11)の事実及び昭和五八年一一月後半ころ原告が被告会社に対し金三六七万五〇〇〇円を本件取引の委託証拠金として預託したことは当事者間に争いがない。

また、右争いのない事実及び〈証拠〉によれば、原告が被告会社に委託して行った本件取引は別紙(二)売買一覧表記載のとおりであること、原告が被告会社に委託した委託証拠金は別紙(三)委託証拠金受払一覧表記載のとおりであること(請求原因2の(二)の(6)は認められないものである。)、原告は右証拠金とは別に昭和五八年八月二四日被告会社に対し、金三二万七五〇〇円を支払ったこと、したがって、原告から被告会社に支払われた金員は合計金八六四万五〇〇〇円であることが認められ、〈証拠〉中右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

二  本件取引の経過

原告が高校教師であったこと、被告保科が昭和五八年七月二三日原告宅を訪問し、原告に対し、東京穀物商品取引所に上場される輸入大豆の先物取引を勧誘したこと、被告保科が同年八月一六日原告に電話して右取引について話をしたこと、原告が被告保科の勧誘により同年八月一六日原告請求原因2の(二)の(1)の金員を預託して本件取引を行うことになったこと、被告川崎が昭和五八年八月二三日原告方を訪れ本件取引の説明をしたこと、被告青木が昭和五八年九月一二日原告に対し相場状況を説明したことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実及び〈証拠〉を総合すれば、次の事実が認められる。

1  原告(本件取引当時満三七歳)は、秋田大学を卒業後県立高等学校の教師をしていた者で、給料(月収一三ないし一四万円)以外の収入はなく、格別の財産も有していなかった。また、被告会社及びその従業員であるその余の被告らとも面識はなかった。原告は、先物取引の経験はなかったが、株式投資について何らかの経験があり、投資等について多少の知識を有していた。

2(一)  被告会社の従業員は、昭和五八年七月ころ数回にわたって原告方に電話をかけ、輸入大豆の先物取引について説明させて欲しい旨述べて面談を求めた。原告がこれを承諾すると、被告保科が同年七月二三日ころ原告宅を訪問し、原告に対し約一時間にわたって、輸入大豆の先物取引の仕組、株式投資との違い、損益の計算方法、証拠金、新聞に掲載されている商品相場の見方等について一応の説明をしたうえ、先物取引は相場を当てれば短期間で大きな利益を得ることができる取引であること、輸入大豆の先物取引の相場が上がると予想されること、今右取引を始めれば大きな利益が得られる見通しであること等を述べ、同取引を始めることを勧誘した。

(二)  被告保科はその後数回にわたって原告に電話し、当時の相場の動きから同取引により利益が得られること等を繰り返し説明して同取引を行うことを勧誘し、さらに同年八月一六日原告に電話し、アメリカの異常気象の関係でシカゴ相場が上がっているので、相場が上がり、今同取引を始めれば大きな利益が得られる見通しであること等を述べて右取引を勧誘したところ、原告は、先物取引によって利益が得られることは半信半疑としながらも同取引を始めることを承諾したこと、そこで、被告保科は同日原告宅を訪問し、原告に対し、先物取引の仕組みの概要、相場の見通し、先物取引によって利益を得ることができること等を再度説明し、原告は被告会社との間の必要書類に署名押印して、東京穀物商品取引所の定める受託契約準則に従って被告会社に輸入大豆の先物取引を委託して同取引を行うこと及び二枚の買建玉を建てることを承諾し、手持資金から被告会社に別紙(三)委託証拠金受払一覧表1記載の金一四万円を預託し、別紙(二)売買一覧表1記載の二枚の買建玉を建て、本件取引を始めた。

(三)  ところが、右の相場は被告保科の予測に反して下がり始め、同月一八日には右二枚の買建玉の相場が委託追証拠金(以下、追証金という)がかかるぎりぎりまで下がったため、被告保科は同日原告に対し電話し、値下がりは一時的現象で相場は上がるとの見通しを述べ、追証金がかかるまで待つよりか、三枚買建玉を増やすことを勧めた(難平と呼ばれる先物取引の手法)。原告は右勧めに従い、別紙(二)の2記載の三枚の買建玉を注文し、別紙(三)の2記載の金二一万円を委託本証拠金(以下、本証拠金という)として預託した。そして被告保科に今後追証金がかかりそうになったら損害を被っても決済(手仕舞)するよう述べた。

(四)  しかし、右の相場は被告保科の予想に反して更に下がり、二日後の同月二〇日にはストップ安となったため、被告保科は同日原告方を訪れ、原告に対し、追証、難平、手仕舞のいずれかの方法が取り得ることを説明し、追証ないし両建を勧めたが、原告はこれ以上金員を出せないと述べ、決済することを指示し、右指示に基づき、同月二二日右五枚の全取引が決済され、その結果原告は本件取引を始めてから僅か六日間で金三二万七五〇〇円の損害を被った。

(五)  被告保科からその後原告に対し、数回電話があり、取引を継続して欲しい旨の勧誘があったが、原告はこれを断った。

3(一)  被告会社は原告の担当者を被告保科から同被告の上司である秋田支店営業課長の被告川崎に交替し、被告川崎が同年八月二三日ころ原告方を訪れ、原告に対し、前記取引の結果を報告するとともに、自己作成の相場の動きを記載した罫線を示したうえ右罫線に従った相場の予測について説明し、右予測に基づいて取引を行えば利益が得られる旨述べて本件取引の継続を勧誘したところ、原告は取引の継続を承諾し、被告青木の相場予測に従い同月二四日に前記損害金三二万七五〇〇円を被告会社に支払って別紙(二)の3記載の五枚の買建玉を建て、次いで翌二五日別紙(二)の5記載の五枚の買建玉を建てて同月二六日右の保証金三五万円を被告会社に預託した。

(二)  同年九月二日シカゴ相場がストップ安となったところ、被告川崎は同日原告に対し、右ストップ安により本件取引の相場が大きく下ることが予想されると述べ、一〇枚の買建玉を決済するか(同日の一月限の帳入値段は五二一〇円であり、決済しても大きな損害とはならなかった。)、両建を建てるかの方法があるが、両建は上がっても下がっても損はしないからと両建を勧めた。原告は被告川崎の勧めるまま、同月二日一〇枚の売建玉(二月限約定値段五三〇〇円)を建て、同年九月三日その証拠金七〇万円を預託した(両建と呼ばれる先物取引の手法)。次いで、原告は同月五日被告川崎の相場予測に従い別紙(二)の3、4記載の買建玉を決済し(金二一万二五〇〇円の利益)、その利益金のうち金二一万円を証拠金に組み入れ、一三枚の売建玉を建てた(途転売りと呼ばれる先物取引の手法)。

4(一)  被告青木は昭和五八年九月六日ころ秋田支店長の顧客に対する挨拶回りで原告方を訪れ、原告に対し約一時間にわたり、先物取引の仕組み及び手法、相場の予測、当時の建玉の値洗い計算等を説明し、参考資料として先物取引に関する解説書(その後の譲渡も含めて合計数冊)を譲渡した。

ところで、そのころ、被告川崎の相場予測がはずれてきたため、被告川崎が原告に対し建玉の勧誘をしても原告がこれを断り、かえって、原告から決済の話しがされる等原告と被告川崎の関係がしっくりいかなくなってきた。そのため、被告会社では、原告の担当者を被告川崎から同被告の上司である被告青木に交替し、原告もそれを承諾した。

(二)  昭和五八年九月一二日アメリカの穀物生産量の予測が発表されたところ、被告青木は同日電話で原告に対し、「アメリカの農務省の穀物生産量の予想が思ったより少なかったので相場が暴騰しそうだ。相場が暴騰すればストップ高となって建玉を売りたくても売れなくなり、その時点で大損害を被る。取り合えずマイナスをこれ以上出さないように食い止めて相場の方向を見極めるため、急いで買玉を建てるべきである。」等と述べて、当時原告が所持していた二三枚の売建玉に対し二三枚の買建玉を建てることを勧誘した(両建と呼ばれる先物取引の手法)。原告は被告青木の右相場予測に基づき同日二三枚の買建玉を建て、その保証金一六一万円を被告会社に支払った。

(三)  原告は、先物取引に関する解説書等を読んだりして、同年九月一三日から同年一一月一六日の間、毎日数回ずつ被告青木と電話連絡を取り合い、場合によっては同被告と面談して、同被告の相場予測に基づき、別紙(三)の7、9記載のとおり帳尻益金から証拠金に振り替え、同8記載の金一〇万七五〇〇円を被告会社に本証拠金として預託し、これらに基づき別紙(二)の5ないし13記載のとおりの取引を行った。そして、この間原告は本件取引により別紙(二)記載のとおりの損益を繰り返し、結果として利益(本件取引を始めてから同年一〇月五日までの間の決済分で金一一五万五〇〇〇円の利益)をあげていた。

(四)  同年一一月一七日現在原告は買建玉七〇枚を有していたところ、相場が急落して朝からストップ安となった。被告青木は同日原告に対し、相場は上がっていくとの相場予測を述べ、損害を避けるため買建玉を建てること(両建の手法)を勧めた。原告は右勧めのとおり同日別紙(二)の14、15記載の五〇枚の売建玉を建て、縫製業を営む父親から金三六七万五〇〇〇円を借り受け、右の本保証金としてこれを被告会社に預託した。

(五)  原告は、先物取引に関する解説書等を読んだりして、同年一一月一八日から同年一二月二七日の間、毎日数回ずつ被告青木と電話連絡を取り合い、場合によっては同被告と面談して、同被告の相場予測に基づき、別紙(三)の12記載のとおり帳尻益金から証拠金に振り替え、同13記載の金八五万円を被告会社に本証拠金として預託し、別紙(二)の14、15、12の2記載のとおりの取引をおこなった。そして、この間原告は本件取引により利益(本件取引を始めてから同年一二月三日までの間の決済分で合計金三二一万円の利益)をあげていた。

(六)  原告は同年一二月二五日ないし同月二八日ころ被告青木に対し、金三六七万五〇〇〇円(原告の父親に返還すべき金員)を帳尻益金の中から返還するよう申し入れた。当時原告の建玉の証拠金を除いてその位の金額の余裕があり、被告会社は原告との契約にしたがって六営業日以内である昭和五九年一月上旬に支払うことを約した。

(七)  原告は同年一二月二八日原告自身の相場予想に基づき被告保科に指示して別紙(二)の16記載の三〇枚の買建玉を建てた。

(八)  原告は昭和五九年一月四日当時買建玉一〇〇枚(別紙(二)の12、13、16)を有していたところ、同日から始まった新年の売り買いで相場が急落し、ストップ安となり、被告会社は原告に対し、同月七日追証拠金二八〇万五〇〇〇円を、同月九日追証拠金一九七万五〇〇〇円を、同月一二日追証拠金三九五万円を、同月一三日追証拠金四八七万五〇〇〇円を各預託するよう各書面で請求した(追証の額は相場の動きによって変動し、固定化したものではない。)。そのため、原告は被告青木と連絡を取り合って、被告会社に預託していた余裕の金員を追証金に振り替え、また、被告青木が損害の拡大を防ぐため両建を勧誘したのに従い、同年一月一〇日父親から借り受けた金六七万五〇〇〇円を新たに本証拠金として被告会社に預託し、同月一三日売建玉四〇枚を建てた(両建)。また、同月一月九日別紙(二)の12、同月一三日別紙(二)の13、12の2を決済した。

(九)  被告青木は原告に対し更に金員を預託して建玉を建てることを勧め、原告は右勧誘に基づき金二五〇万円を用意したが、原告の家族から取引の継続を反対され、同年一月一八日家族らとともに原告代理人に相談に行き、原告代理人と相談のうえ全取引を決済することを決めた。原告代理人は被告会社に対し、同月一九日到着の内容証明郵便で全取引を決済すること及び不法行為による損害賠償請求をなした。原告の建玉(買建玉五〇枚、売建玉四〇枚)はこれらの指示に基づき同年一月二〇日全部決済された。以上の原告の全取引の結果、原告は金八一四万五〇〇〇円の損害を被った。なお、金五〇万は残金となり被告会社から原告に返還されるべきであるが、本件訴訟に至ったため、まだ返還されていない。

5  被告保科、同川崎等らが説明に使用し、検討するよう原告に交付したパンフレット等には、輸入大豆の相場が単純に上り下りするものではなく極めて複雑に推移し、かつその変動要因が多岐にわたることが記載されていた。

また、原告は、昭和五八年八月一六日被告保科に本件取引を行うことを承諾した際、被告保科から受託契約準則が記載された小冊子、先物取引が投機であること及びその仕組みについて平易な言葉で要領良く説明されている社団法人全国商品取引所連合会作成の商品先物取引のしおりと題する書面、社団法人全国商品取引所連合会作成の商品取引が投機であることを説明したパンフレット等を受領した。そして、そのころ、原告は、被告会社から郵送されてきた、委託追証拠金が発生する要件等が記載されたお願いと題する書面を受領した。

更に、原告が受領した後記預り証の裏面には、商品取引について利益を保証し、または委託保証金を保証することができないこと、相場変動が大きいときには受託契約準則の定めに従って追加して証拠金を預託してもらうことがあることが記載され、同じく原告が受領した後記貴口座現在高照合書と題する書面にも注意事項として、商品先物取引は投機であること、元本保証、利益保証はないこと、資金不相応の取引は断ること、受託契約準則は熟読理解すること等が記載されていた。

6  被告会社は、原告から委託保証金を預託された時は、いずれも原告に対し預り証を発行交付していた(別紙(三)の1ないし14の各記載のとおりに合計一四通)。

また、原告の建玉、仕切については、その都度、被告会社から原告に、その報告及び計算を記載した書面が交付されていた。

更に、被告会社は毎月一回原告に対し、その時点の値洗い差損益金の状況を記載した貴口座現在高照合書と題する書面を交付していた。

そして、相場の変動により委託追証拠金が必要となった時は、被告会社は原告に対し、書面により、その当時の建玉、値洗い、追委託証拠金額等を通知し、委託追証拠金の預託を請求していた。

したがって、被告会社は原告に対し、本件取引の状況及び計算関係を逐次知らせており、原告もそのことは認識かつ理解していた。

以上の事実が認められ、〈証拠〉中右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

三  先物取引の危険性

商品先物取引は、将来の値動きを予測して、僅かな証拠金で大量の商品を帳簿上売買したうえその限月内に反対売買を行って決済し、その間の値動きによる差金決済によって損益を出す投機取引であり、投機性が高いため危険性の高い取引であることは当事者間に争いがなく、右争いのない事実及び〈証拠〉を総合すれば、次の事実が認められる。

商品先物取引とは、ある期間(限月)を経過した後に商品を受け渡して終了する取引につき、将来の値動きを予想して、僅かな資金(委託証拠金、商品代金の一割程度)で大量の商品を帳簿上売買したうえ、その限月内に反対売買を行って決済し、その間の値動きによる差金決済によって損益を出す投機行為である。しかも、商品価額の僅かな変動によって投下資金に比して極めて高率の差益金を短期間に得られることがある反面、商品価格の僅かな変動によって逆に既に預託した証拠金以上の損害を被る危険も常に存するものであるところ、商品価格の変動要因は、世界的規模における社会情勢、政治情勢、経済情勢、気象条件、需要と供給のバランス等極めて複雑多岐にわたるものであって、これを的確に予想することは極めて困難であり、また、投下資金(委託証拠金)に比して高額の売買手数料を委託者に支払わなければならないのであるから、商品先物取引は高額の利益を短期間で得る期待が持てる反面、短期間で予想外に多額な損害を被る危険性が大きい極めて投機性の高い取引ということができる。また、一般的には、商品先物取引を行っても利益を得られる者はその内の三割程度の者にすぎず、他の七割の者は損害を被って終了するともいわれている。

以上の事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

四  商品取引所法、商品取引所定款等の規定

〈証拠〉によれば、商品先物取引の右専門性、高度の投機性及び危険性等に鑑み、商品取引所法、商品取引所定款、商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項等において、一般大衆たる委託者、特に新規委託者が不測の損害を被らないように保護育成する趣旨で別紙(四)違法行為一覧表記載のとおりの定めがされている。

してみれば、商品取引員が先物取引につき未経験の一般大衆に先物取引を勧誘するにあたっては、勧誘を受ける者に対し、右各規定の趣旨、内容に則して、商品先物取引の仕組みとそれが投機であって危険を伴うことを十分に理解させるよう説明し、かつ、顧客が先物取引についての正しい認識と理解を持ち自主的かつ自由な判断でもって取引を委託して不測の損害を被らないよう配慮すべき注意義務を負うというべきである。

したがって、右各規定等の違反の程度が著しく、商品先物取引の相当性を欠き、社会的に許容される限度を超え、右顧客の自主的かつ自由な判断を阻害するような態様で勧誘がなされたと認められるときは、その行為は不法行為及び債務不履行を構成し、当該勧誘行為によって委託された取引により委託者が被った損害について賠償すべき責任を生じるものというべきである。

五  被告保科、同川崎、同青木の勧誘行為の違法性の有無

1  断定的利益判断の提供(別紙(四)の5)

〈証拠〉によれば、相場観測や需給見通し等について断定的判断を与え、商品先物取引によって利益を生じることは確実と委託者に信じ込ませる行為は、商品先物取引の投機的本質を誤認させることであって、正常な営業活動とはいえないものとして禁止せられていることが認められるところ(商品取引所法九四条一項、商品取引所定款)、原告は、被告保科、同川崎、同青木らが、絶対に迷惑はかけない、一切責任を持つ、絶対儲かる、間違いなく儲かる等執拗に述べて断定的利益判断を提供して勧誘したと主張し、原告本人も右主張のとおり供述する。

しかしながら、本件全証拠によるも、相場見通しが予想外に動いた時でも、原告及び右被告らの間で、右の言動があったとして紛争が生じた事実は認められず、このこと及び前記認定の本件取引の経過、特に原告は一旦は損害を被って全建玉を決済し、商品先物取引の高度の投機性、相場予測の困難性等を体験した後に、自らの意思で更に取引を継続し、その後は積極的な取り組みを行っていたこと、被告保科らが説明に使用し、検討するよう原告に交付したパンフレット等には、輸入大豆の相場が単純に上り下りするものではなく極めて複雑に推移し、かつその変動要因が多岐にわたることが記載されていたこと、受託契約準則が記載された小冊子、先物取引が投機であること及びその仕組みについて平易な言葉で要領良く説明されている社団法人全国商品取引所連合会作成の商品先物取引のしおりと題する書面、社団法人全国商品取引所連合会作成の商品取引が投機であることを説明したパンフレット等の商品先物取引が投機であることを平易に説明した書面が原告に交付され、原告がこれらを十分理解しうる社会的経験及び能力を有する者であったこと、並びに〈証拠〉に照らすと、右原告の供述は容易に措信できず、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。

ところで、原告主張の言辞が認められないとしても、前記認定の右被告らの勧誘行為は商品先物取引によって利益が得られることを強調して行われたものであり、その相当性には問題があるものと思われるが、外務員が顧客に対し先物取引を勧誘するに当たって当該取引によりある程度の利益を得られるものと期待させるような言辞を用いることが一般的に禁止せられるものではなく、また、そのことが真実に反する言辞ということもできないことを考えると、前記認定の右被告らの勧誘行為が別紙(四)の5に違反するとまでいうことはできないというべきである。

2  新規委託者保護管理規定(別紙(四)の17)

前記のとおり、原告は新規委託者であったところ、新規委託者保護期間である初めて行う売買取引から三カ月以内に、被告川崎、同青木らの勧誘により二〇枚の建玉枚数を超える枚数が建てられ、しかも、初めて行った取引から約三週間後には右基準を超える建玉が始まり、同期間内の最大建玉は七〇枚もに至っていたものであることが認められるが、他方〈証拠〉によれば、新規委託者保護管理規則は、被告会社が全国商品取引員大会で締結された「受託業務の改善に関する協定」に基づき社内規則として作成されたものであるところ、同規則には、新規委託者については初めて行う売買取引の日から三カ月以内を保護期間とし、右期間の建玉枚数は原則として二〇枚とし、新規委託者から右二〇枚を超える建玉を建てる要請があったときには、被告会社の保護管理班で審査し承認が得られた枚数の売買取引を行わせる旨規定されていたところ、原告の右二〇枚を超える建玉については被告会社の保護管理班において右規定に従った審査、承認が行われていたことが認められる。

してみれば、別紙(四)の17には違反していないものと言うべきである。

3  投機性の説明の欠如(別紙(四)の4)

原告は、別紙(四)の4の投機性の説明が欠如していたと主張し、原告本人は右主張のとおり供述するが、前記認定の本件取引の経過及び〈証拠〉に照らすと、右原告の供述は容易に措信できず、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。

4  両建玉(別紙(四)の14)

原告は別紙(四)の14に違反したと主張するが、〈証拠〉によれば、両建玉は、単に両建玉であるが故に当然に総て禁止せられているものではなく、両建玉を利用して委託者の損勘定に対する感覚を誤らせることを意図したと認められる別紙(四)の14に記載されている方法の両建を禁止したものであることが認められるところ、前記認定の本件取引の経過等によっても、本件取引中両建となっている取引が右禁止せられる両建であることは認められず、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。

5  不適格者等の勧誘(別紙(四)の1、2)

原告は、被告らの勧誘が別紙(四)の1、2に違反すると主張するが、原告は給料生活者(高校の教師)であるから、同1に定める不適格者に該当しないことは明らかである。また、前記認定事実からは同2に違反する事実は推認されず、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。

6  無差別電話勧誘(別紙(四)の3)

原告は、被告らの勧誘が別紙(四)の3に違反すると主張する。〈証拠〉によれば、同規定は社会観念上相手方に迷惑となる電話を禁止したものであることが認められるところ、前記認定事実からは同3に違反する事実は推認されず、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。

7  利益保証による勧誘(別紙(四)の6)

原告は、被告らの勧誘が別紙(四)の6の利益保証による勧誘であったと主張し、原告本人の供述中には右主張に沿う部分がある。しかしながら、本件全証拠によるも、原告が被告らに対し利益保証があったとして異議を述べたり問責したりした事実は認められず、このこと及び前記認定の本件取引の経過並びに〈証拠〉に照らすと、右原告の供述は容易に措信できず、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。

8  一任売買(別紙(四)の7)、無断売買(同8)

原告は、被告らが別紙(四)の7、8の一任売買、無断売買を行ったと主張し、原告本人の供述中には右主張に沿う部分がある。しかしながら、前掲のとおり原告の建玉、仕切については、その都度、被告会社から原告に対しその報告及び計算を記載した書面が交付され、更に、毎月一回、その時点の値洗い差損益金の状況を記載した書面が交付されていたところ、本件全証拠によるも、原告が被告らに対し本件取引について無断売買、一任売買等を理由として異議を述べたり問責したりした事実は認められず、このこと及び前掲の本件取引の経過、〈証拠〉の結果に照らすと、右原告の供述は容易に措信できず、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。

9  返還遅延(別紙(四)の9)

原告は、請求原因2の(二)の(6)の委託証拠金を返還しないと主張するが、右委託証拠金の預託が認められないことは前掲のとおりであり、右主張は理由がない。

10  無意味な反復売買(別紙(四)の11)

原告は、被告らが別紙(四)の11の無意味な反復売買を行ったと主張するが、前記認定の本件取引の経過からは、右事実は推認されず、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。

11  不当な増建玉(別紙(四)の13)

原告は、被告川崎、同青木が別紙(四)の13の不当な増建玉をしむけたと主張する。〈証拠〉によれば、取引所指示事項で禁止せられる不当な増建玉とは、委託証拠金が必要であるにも拘らず、委託者が追証金として預託したもので、さらに新規建玉するようしむけることであることが認められる。そうすると、本件全証拠によるも不当な増建玉がなされた事実は認められない。

12  過当な売買取引の要求(別紙(四)の12)

原告は、被告川崎、同青木が、原告からの度々の決済指示に対し、これを回避、拒否し、新たな建玉を強要したと主張し、原告の供述中には右主張に沿った部分が存するが、右原告の供述は曖昧であるうえ、前掲の本件取引の経過、〈証拠〉に照らすと、右原告の供述は容易に措信できず、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。

13  外務員、担当者の交代(別紙(四)の15)

原告は、被告青木らが前担当者の責任を回避して一貫性のない誤った情報提供を行ったと主張するが、前記認定の本件取引の経過からは右事実は推認されず、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。

14  その他

原告は、被告らが原告の損失により自己の利益を計るため原告を被告らの意のままに操っていたと主張するが、本件全証拠によるも右主張事実は認められない。

六  以上によれば、原告主張の商品取引所法、商品取引所定款等の規定違反の事実は認められないということができる。

してみると、原告の右規定違反に基づく不法行為及び債務不履行の請求はいずれもその余の点につき判断するまでもなく失当である。

七  よって、原告の本訴請求はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 宇田川基)

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